末崎町のわかめ養殖を担う人々

南浜わかめ養殖組合の皆さんにお話を伺いました。

…その前に、わかめ養殖について。
わかめ養殖は、真冬の海での種巻きから収穫など、過酷な環境での作業です。また、わかめは数トンにまで育つため収穫は大変な重労働です。
わかめの養殖台は、1台に150mから200mのロープを2本張り、そこへ種巻きをして海に沈めてわかめを育てます。わかめは、収穫時には1台あたり1.5トンから2.5トン程までに成長します。

末崎中学校のわかめ養殖総合学習の支援を続ける南浜わかめ養殖組合
末崎中学校のわかめ養殖総合学習の支援を続ける南浜わかめ養殖組合

東日本大震災後、南浜わかめ養殖組合のリーダーに

尾崎健二さん
尾崎健二組合長

南浜わかめ養殖組合の尾崎健二組合長(65)。10代で実家のわかめ養殖を継ぐことを決め、家業のわかめ養殖に加わり、家族でわかめ養殖を営みます。 家業に加わってから25年程が経った2011年3月11日、東日本大震災が発生し、養殖施設は大津波により壊滅的な打撃を受けました。

壊滅的な打撃を受けた養殖施設

東日本大震災の後、周囲からの要望を受けた尾崎さんは、大きな不安を抱えながらも南浜わかめ養殖組合長を引き受け、組合の再建に取り組んでいくことを決心しました。

漁協施設再建計画や工事の組合員への説明や、再建に関わる役割を組合員へ割り振りを行いました。また、がれきを再利用することを考え、がれきの仕分けや片付け方法を指示するなど、それまでの組合長には無かった仕事に尾崎さんは取り組んでいきます。
そして震災発生から2年後の2013年、取り組んで来た加工場などの漁協施設の再建が、本格的にスタートする予定です。震災後の人口流出による後継者不足の加速などの問題を抱えながらも、南浜わかめ養殖組合は養殖業の再建を進めていきます。

自分の手で築き上げた「満」印ブランドわかめ

斉藤満さん
斉藤満さん

斉藤満さん(61)。20歳の頃に家業のわかめ養殖業に2代目として加わります。
お父さんと斉藤さん夫妻の3人でわかめ養殖を営んで行きますが、お父さんが高齢で作業が出来なくなり、ご夫婦でわかめ養殖を続けます。しかし、1人減ってしまったことで出荷作業が遅くなり、わかめの値段が下がって損失を出すことが起こるようになってしまいました。
そこで平成元年に斉藤さんは、「どうせ損をするなら、自分でやって納得して損を出すやり方をしよう」と、養殖・加工・販売を全て自分でやることを決心しました。

まずは、品質を認めた盛岡市内の百貨店での販売が始まります。その後、その百貨店は全国展開する大手スーパーマーケットに斉藤さんのわかめを紹介しました。その大手スーパーマーケットでも斉藤さんのわかめが認められ、東北6県の店舗で販売されるようになりました。
平成3年には、販売用のパッケージを自分で考え「斉藤満のわかめ」のブランド化をスタートします。
その後、取引先である盛岡市内の百貨店が東銀座の岩手県アンテナショップ「銀河ぷらざ」へ斉藤さんのわかめを紹介し、銀河ぷらざでも斉藤さんの「満」印のわかめが販売されるようになりました。

販売用のパッケージ
銀座の銀河ぷらざで陳列されている 「満」印わかめ
銀座の銀河ぷらざで陳列されている
「満」印わかめ

販路を広げようという努力とアイデア、そして高品質のわかめ。斉藤さんのわかめはいろいろなところで販売されていきました。
東日本大震災の大津波ですべてを失いましたが、家族で話し合った末に養殖業を続けることを決めました。現在は再建を進め出荷を再開しています。
3代目が今のところいないなど、やはり後継者不足の問題もありますが、「70歳までがんばるんだ!」と日々、新しいアイデアを考えながら、斉藤さんはわかめ養殖に取り組んでいます。

電気系エンジニア、Uターンでわかめ養殖を始める

尾崎真大船渡市漁業理事
尾崎真大船渡市漁業理事

尾崎真大船渡市漁業理事(51)は、岩手大学の工学部を卒業後、東京でエンジニアとして働いていました。しかし10年後、会社から中国転勤の話があったことを転機に、退職して末崎町へ戻りわかめ養殖業を始めました。
家業を継ぐわけでもなく一からのスタート。尾崎さんのわかめ養殖は必要な設備を揃えることから始まりました。始めの1年は、もちろんわかめの収入が無いため、資金難で苦労をしました。しかし、やっと設備も揃えてわかめ養殖も軌道に乗った頃、東日本大震災が発生し、一から揃えた設備がすべて大津波で流されてしまいました。

尾崎さんは、震災後にわかめ養殖の再建を決意し、また一から設備を揃えて養殖と加工を再開しました。
設備を揃える際、尾崎さんは約200万円を投じて塩蔵作業を短時間化する機械を購入しました。

塩漬け省力化装置
塩漬け省力化装置

わかめの塩蔵作業の中に、ボイルしたわかめを一晩塩水に漬け、その後に塩水から引上げて脱水する作業があります。長い時間がかかり、そして重いわかめを塩水から引上げる重労働です。
しかし、この機械を使うと回転させることにより塩水に漬ける時間が1時間で済み、そして脱水も出来ます。短時間で体への負担がさほど重くなく作業を行うことが出来ます。また、回転させることにより、わかめの表面がきれいになり、さらにツルッとした食感の塩蔵わかめが出来上がります。
末崎中学校のわかめ養殖総合学習で収穫したわかめも、尾崎さんのこの機械で加工されます。
尾崎さんには中学生の息子さんが二人います。わかめの種巻きや収穫は船上での重労働ですが、収穫などの忙しい時期には二人とも進んで作業をお手伝いしています。学校ではわかめ総合学習にも参加し、学校でも家でもわかめについて学んで過ごしています。

末崎町も高齢化が進んでいます。尾崎さんの世代や、その次の世代の息子さん達が後継者となっていき、末崎町のわかめ養殖業を受け継いで行くことが期待されています。
そのためには、尾崎さんのように機械で作業を効率化出来るものは効率化し、後継者が増えていく環境作りが必要だと考えられています。
また、子供の頃に実際にわかめ養殖を体験して触れてみる、「わかめ養殖総合学習」も後継者育成のために必要だと考えられています。